SHOCKとともに駆け抜けた1年

2000年から始まった『Endless SHOCK』。帝国劇場が建て替えのため休館するということで、2024年で終幕することが発表された。

4・5月の帝国劇場、7・8月梅田芸術劇場、9月博多座、11月再び帝国劇場にて公演が行われ、このラストイヤーのSHOCKに松尾龍さんが全日程出演するという。日本一チケットが取れない舞台と言われるSHOCK。1公演だけでもいいから観たいと思った。

 

SHOCKのことはもちろん知っていたが、これまでに観劇したことはなく、堂本光一さんの階段落ちとフライングという漠然としたイメージしかなかった。松尾龍さんは事務所に入った時からSHOCKに出たいと願っていたと知り、尚更観てみたいと思った。階段落ちとフライングという少なすぎる情報量では、日本一チケットが取れない舞台を観劇するにはもったいない気がして、20thのブルーレイを中古で購入し予習して臨んだ。ブルーレイでも伝わる圧巻のステージ、オーケストラの音楽、この舞台にたつるくんが出ることに期待が高まった。ブルーレイでこれなら、本物の舞台はどうなってしまうだろうと高揚感に包まれた。

 

4月に幕が開き、11月までまだまだ先は長いと思っていた公演期間。終わってしまって振り返ってみると、月並みな感想だけど本当にあっという間で、でもとても充実していて、こんな1年は2度とないだろうと思った。

最初の頃はこのハードな舞台を完走できるか不安になったが、そんな心配は無用で、たつるくんは座長光一さんとともに大千穐楽まで駆け抜けた。

最初は1公演だけでもいいからと控えめに考えていたが、1度知ってしまうと何回でも観たくなった。FCと各種プレイガイド先行、そして当日券、できる限りの手を尽くし、ありがたいことに全場所での観劇が叶った。春の帝劇、夏の梅芸、秋の博多座、そして冬帝劇。年間通してSHOCKの世界にどっぷり浸かって、長い歴史のある舞台の終幕を見届けて、たくさんの想いが込み上げてきた。こんなに長い期間(と言っても長い歴史の中の最後の1年)、ひとつの舞台を追いかけて、何度も観劇したのは人生で初めてのことだった。

劇場が変わってキャストが変わって、私の席から見えるステージ、同じストーリーでもこんなにも印象が違うんだ、舞台ってほんとうに深い。ありがたいことに最前から3階立ち見までいろんな席に入ることができて、私の席から見える景色、私の席からしか見えないあの日の公演。この特別感も舞台の魅力のひとつだと思った。

舞台が好きな人は何度も同じ作品を観に劇場に通う。「また観るの」と言われても。映画は何回観ても何も言われないのに。同じ作品だからといって、いつも同じではない。同じなはずがない。舞台は生き物だからとか、常に変わっていくから、とか、目が足りないから、とか、いろいろ理由はあるけど、でも本当は"好きだから"に尽きる。何回観ても結局いつも同じところに目が行くし、違いを見つけて嬉しいこともあるけど別に違ってほしいわけではない。好きだから、ずっとその舞台の世界の中にいたいから、自分の中で終わらせたくないだけなんだと思う。

観劇するたびにSHOCKの世界に浸かり、舞台の魅力に取り憑かれていた。できることなら毎日観たいくらいSHOCKのことが好きになっていた。幕が無事に上がっていることだけでも幸せだった。毎日毎日、幕が上がる時も下りる時も休演日にも劇場に思いを馳せた。公演期間中、日常の生活そのものに幸せが満ちている感じが大好きだった。

遅かれ早かれハマる世界だったとは思うけど、その入り口がSHOCKで、舞台の魅力をSHOCKで知れて、このかけがえのない贅沢な経験は私の人生の財産になった。大千穐楽の日が大晦日でもいいと思うくらい、2024年、春夏秋冬SHOCKとともに駆け抜けた1年だった。

千穐楽のライビュを観て、新鮮な気持ちを書き残しておきたくてこの文章を書き始めたけど、胸がいっぱいで、書いては消してを繰り返してる。今はまだ感情をまとめられないし、この先もたぶんSHOCKのこともタツルのことも書ききれない。好きだからこそ、好きだったあの瞬間そのものを自分の言葉ですべて表現できるなんて思えない。あの日のあの瞬間が最高だったという感情だけでも残しておきたいと思ったが、それすらも難しい。

SHOCKの思い出まるごと大切にリボンで結んで、鍵をかけて宝箱にしまっておく。私の中でSHOCKは永遠になった。